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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)2889号 判決

原告

乾糸子

右訴訟代理人弁護士

奥西正雄

吉田実

被告

勧角証券株式会社

〈代表者名省略〉

右訴訟代理人弁護士

入江正信

坂本秀文

山下孝之

松本好史

主文

一  被告は、原告に対し、金三四〇万六九六八円及び内金二一五万六八七五円に対する平成五年二月一九日から、内金一二五万〇〇九三円に対する平成五年九月二八日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四〇九万六二五〇円及びこれに対する平成二年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告会社の組織ぐるみの若しくは特定の従業員の違法な勧誘によりワラントを購入させられ、その結果、右購入代金相当額の損害を被ったとして、民法七〇九条又は同法七一五条に基づき右損害の賠償を請求した事案である。

一争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告は、昭和一〇年生まれの主婦で、夫の経営する食堂を手伝ってきたものである。

(二) 被告(平成二年一〇月一日、「日本勧業角丸証券株式会社」から商号変更した。)は、有価証券の売買等の証券業を営む株式会社である。

角田省吾(以下「角田」という。)は、本件当時同社東大阪支店証券貯蓄課長の地位にあって、有価証券について包括的な取引権限を有するもの、吉田光代(以下「吉田」という。)は、同支店貯蓄営業員で、投資信託や債券の取引権限を有するものであった。

2  新株引受権付社債(ワラント債)

新株引受権付社債は、社債権者に新株引受権が付与された社債で、権利者は、所定の期間(権利行使期間)内に、所定の条件で所定の数又は価額の新株の発行を請求することができることとされている。この新株引受権付社債には、新株引受権を社債とは分離して譲渡することのできない非分離型のものと分離して譲渡することができる分離型のものとがある。分離型の新株引受権付社債においては、分離された新株引受権は、新株引受権証券という有価証券に表章され、社債権を表章する社債券とは別個に流通することになる(商法三四一条の一三、一四)。

そして、ワラントとは、分離型、非分離型を問わず付与された新株引受権のことであるが、分離型の場合の新株引受権を表章する新株引受権証券のことを指すこともある。

3  本件ワラント取引

原告は、角田の勧誘で、被告(東大阪支店取扱い)から、次のとおり、いずれも分離型の各ワラント(以下「本件(一)(二)(三)ワラント」又はまとめて「本件ワラント」という。)を購入した。

(一) 第一取引

買付日 平成二年六月二五日

銘柄

第一製薬ドルワラント一〇証券

代金額 一九五万六八七五円

(二) 第二取引

買付日 平成二年六月二六日

銘柄

青木建設ドルワラント一〇証券

代金額 一九五万一八七五円

(三) 第三取引

買付日 平成二年七月一七日

銘柄

大京ドルワラント一〇証券

代金額 一七六万九三七五円

4  本件ワラントの価値

本件(一)ワラントは、権利行使されることなく、右権利行使期間(その末日は平成五年二月一八日である(〈書証番号略〉。)が経過したため現在では無価値となり、本件(三)ワラントは、権利行使期間の末日が平成六年七月一二日で(〈書証番号略〉)あるが、今ではほとんど価値がない。なお、本件(二)ワラントについては、平成二年七月六日、二一六万四五〇九円で売却し、二一万二六三四円の利益を得ているので、本訴請求の対象とはしていない。

二争点

1  被告の責任の存否について

(原告の主張)

被告会社自体又はその従業員である角田には、原告に対して本件(一)(三)ワラントを販売するに際し、次のような違法な行為があった。

(一) 適合性の原則違反

(1) 昭和四九年一二月二日蔵証二二一一号大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」には、投資勧誘に当たっては、投資者の判断に資するため有価証券の性格などにつき客観的かつ正確な情報を投資者に提供し、主観的恣意的な勧誘は厳に慎むこと、投資者の意向、投資経験及び資力に適合した投資が行われるよう十分配慮し、知識、経験、資力の乏しい投資者に対する投資勧誘はより一層慎重を期すること、証券会社はそれぞれ取引開始基準を作成し、この基準に合致する投資者に限り取引を行うことが明記されている(以下これを「適合性の原則」という。)。

(2) 原告は、主婦業のかたわら夫の経営する食堂の手伝いをしていたもので、証券取引の経験も被告との間でしかなく、その内容も国債や投資信託といった安定的なものがほとんどで、被告もこのような原告の安定的投資性向を熟知していた。しかるに、ワラントは、このような原告の投資性向には全く添わない複雑で値動きの大きい危険な商品であるから、原告にワラント購入を勧誘したこと自体適合性の原則に違反する。

(二) 角田の勧誘に際しての証券取引法違反

(1) 断定的判断の提供

角田は、勧誘に際し、「ワラントは絶対儲かります。」と述べてワラントが必ず値上りする旨の断定的判断を提供した。これは、平成二年法律第四三号による改正前の証券取引法(以下単に「証券取引法」という。)五〇条一項一号に違反する。

(2) 損失補償の約束

角田は、勧誘に際し、「これで損したら自分が責任を持ちます。」と述べて、ワラント取引による損失を負担することを約して勧誘を行った。これは、証券取引法五〇条一項三号に違反する。

(3) 虚偽表示・誤導表示

角田は、ワラントが極めてハイリスクな投資商品で、権利行使期間が過ぎると紙くずになることを告げず、「株みたいなもんですわ。」と客観的事実に反したことを述べた。これは、証券取引法五〇条一項五号に違反する。

(4) 目論見書の不交付

本件(三)ワラントの取引は、発券前のものであり、証券取引法一五条二項によって顧客には目論見書の交付が義務づけられていた。しかるに、角田は、右ワラント取引の勧誘に際して原告に目論見書を交付しなかったため、原告は、右ワラント投資に必要な証券情報を得る機会を失い、本件取引をさせられた。

(三) 詐欺

角田は、原告の資金力や安全投資性向を知りながら、ワラントの危険性を隠し、あたかも株式と同様の商品であるかのように申し向けて原告をその旨誤信させ、本件ワラントを購入させた。

(四) 説明義務違反

ワラントのようななじみのなく、難解な商品については、証券会社には、商品構造、危険性の中身、個別銘柄の権利内容といった投資判断の基本的事項を把握するに十分な説明をする義務がある。しかるに、角田は、原告に対し、店頭取引であり市場性が薄いこと、為替レートによる円換算で為替リスクがあること、原券が外国保管で取寄せが難しく、被告以外との取引が事実上できないこと、相場の動きをどこで知ることができるかといったワラント取引の基本的仕組みや、期限を過ぎれば無価値になることといったワラントの危険性について説明をしなかった。

(五) 公正慣習規則違反

角田は、本件ワラントを販売するに際し、日本証券業協会が作成した新株引受権証券説明書を交付せず、取引に関する確認書も徴求しなかった。これは、日本証券業協会の定める公正慣習規則九号「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」五条に違反する。また、ワラントは外国証券であるのに、原告と被告との間には外国証券の取引に関する契約は締結されていないし、被告は、原告から日本証券業協会が定める方式の「外国証券取引口座設定約諾書」も提出させなかった。これは、公正慣習規則四号「外国証券の取引に関する規則」三条に違反する。

(被告の主張)

(一) 適合性の原則について

(1) 原告の主張するような通達の存在は認める。

(2) 原告は、過去九年間にわたり、外国証券を含めた有価証券の売買を行っており、十分な証券投資の知識と経験を有していた。

(二) 証券取引法違反について

原告主張の規定の存在は認めるが、角田にこれらに違反する行為があったことは否認する。

角田は、ワラントの投資効率が高いこと、反対売買によって利益をあげうることを告げて、ワラント取引を勧誘したにとどまり、断定的判断の提供や損失補償の約束はしていない。

また、証券取引法一五条二項本文は、適法な目論見書を交付しないで有価証券の取得又は売り付けをさせることを原則として禁じているが、同項ただし書によって、例外的に証券会社が他の証券会社に取得させ、又は売り付ける場合には目論見書の交付を有しないとされている。本件(三)ワラントは、野村証券株式会社から被告が買い付けたものであって、被告は同条項ただし書によって同社から目論見書の交付を受けていないから、原告に対して目論見書を交付する義務もない。

(三) 詐欺について

角田が虚偽の商品説明をした事実は否認する。

(四) 説明義務について

ワラント取引について要求される説明の程度としては、当該商品がハイリスク・ハイリターンであること、権利行使期間の定めがあることの二点を顧客に告げれば足りる。角田は、原告に対し、権利行使期間の経過によってワラントが無価値になることまでは告げていないが、ワラントのハイリスク・ハイリターン性及び権利行使期間の存在は告げており、十分な説明を尽くしていた。また、後記(五)のとおり、角田は原告に外国新株引受権証券取引説明書を交付しており、これにはワラントのリスクや売買の仕組みについての説明が記載されていた。原告自身、外国新株引受権証書の確認書に署名押印して、右説明書の内容及び自己の判断と責任においてワラント取引を行うことを確認していた。

(五) 公正慣習規則違反について

被告には公正慣習規則に定められた書面の不交付等の事実はない。被告は、本件(一)ワラント取引に先立つ昭和六二年八月二八日、原告から外国証券取引口座設定約諾書に署名押印をもらっていた。また、角田は、本件(一)ワラント購入の当日、原告宅を訪問して、外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書を交付し、原告から国内新株引受金証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書に署名押印を受けていた。

2  1が肯定された場合、原告の損害とその数額について

(原告の主張)

合計四〇九万六二五〇円

(一) 本件(一)(三)ワラントの取引における代金相当額

小計三七二万六二五〇円

(二) 弁護士費用

三七万〇〇〇〇円

(被告の主張)

原告は、前記一4記載のとおり、本件(二)ワラントを売却することにより、二一万二六三四円の利益を得ているのであるから、これを損害額から控除すべきである。

(原告の反論)

本件では、被告との証券取引の全てを一連の不法行為としているわけではなく、個々のワラント取引の違法性を問題としているのであるから、本訴の対象外の本件(二)ワラント取引による利益を損益相殺に供すべきではない。

第三判断

一前記争いのない事実に証拠(〈書証番号略〉、証人角田省吾、原告本人及び弁論の全趣旨)を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告・被告間の従前取引の状況

(一) 原告は、証券会社と取引したことはなかったが、昭和五八年一月、近所に住む吉田から、被告に勤め始めたので協力して欲しいとの要請を受け、子供同士が同級生であった誼もあって、これに応じ、同月三一日、被告から国債を購入した(別紙取引一覧表No.1参照)。なお、その際、原告から被告に提出された同月二五日付け総合印鑑届(口座開設申込書)(〈書証番号略〉)の、原告申告欄には、投資経験はない旨の、また、被告側で記入すべき社用欄には、資産状況は「大・中・小」の「中」である旨の各記載がある。

(二) その後、原告は、昭和六一年八月から同六三年八月にかけて、被告との間で、別紙取引一覧表No.2ないしNo.14の取引を行ったが、これらは、自ら選択したものではなく、吉田の推奨するところに従ったもので、取引の対象も、社債等債券や投資信託を中心とするものであった。そして、原告は、この間の昭和六二年四月二三日には、被告との間で「総合取引約款」に基づく取引等を行う旨の総合取引申込書(総合印鑑届)(〈書証番号略〉)を、同年八月二八日には、外国証券取引口座設定約諾書(〈書証番号略〉)をそれぞれ作成し、被告に差し入れた。もっとも、前者の申込書は、当面の債券、投資信託取引に必要なものとして(なお、同書面の申告欄には、取引明細書方式は「利用しない」、投資資料は「不要」、投資経験は「なし」との記載がある。)、後者の約諾書は、同表No.6の取引に必要とされたものとして徴求されたものにすぎず、いずれにしても、本件で問題となるような外貨建てワラント取引を予定したものではなかった。

(三) 昭和六三年秋、いわゆるバブル景気に伴う株価上昇に伴い、原告自らも、株式保有したいと考えるようになり、新聞記事で株価の動向を確かめながら、被告との間で、昭和六三年一〇月二〇日、別紙取引一覧表No.15の取引をしたのを手始めに、株価の低迷する平成二年一一月ころまで、同表のとおり、主に株式を中心とする取引を行った。右取引のなかには、買付後短期間に売却し差益を挙げた同表No.16、20及び25のようなものも存するが、これらは主に吉田の助言に従って売却した結果によるものであって、原告選択にかかる銘柄は、同表No.15、17、18、22、24等のとおり一部上場の優良企業であり、その取引もいずれも現物取引にとどまり、信用取引は含まれず、全体として原告の資産形成の意向を反映した手堅いものであった。なお、同表No.16以後の取引は、株式取引が中心になってきたため、被告側では、権限のない吉田に代って、角田が担当するようになったが、原告としては、被告側の事務分掌は知らず、それまでのいきさつや、なお、吉田が社債、信託の引出しや新たな取引(同表No.27、28等)を担当していたこともあって、同女の意見を尊重することも間間あった。

(四) 角田は、平成元年九月二七日、原告から、住友金属工業の株式の買付注文を受けたのに、誤って住友金属鉱山の株式を買い付けてしまった(別紙取引一覧表No.21)。原告からこの点を指摘された角田は、右買付が既に受渡期間が経過して取消すことができなかったため、やむを得ず反対売買を行い、その売却代金で注文どおりの買付を実行したが(同表No.22)、七万一〇三〇円の差損が生じた。右差損については、角田が原告にも被告にも一切報告することなく、自ら負担したが、被告会社の書類上は原告の行った取引として処理する必要から原告には特に説明しないまま右取引についての引出請求書兼受領書を送付し、所定箇所に署名押印し返送するよう依頼した。原告は、この点に気付くこともなく、指示されるままに所定箇所に署名押印して被告に返送した(〈書証番号略〉)。

2  ワラントの特質

(一) ワラント債の発行会社は、その発行前に投資者が新株を引き受けるために払い込むべき価額を定めることになるから、その銘柄の株価が上昇していて新株引受権を行使することにより割安に新株が取得できる場合であれば、投資者は権利を行使して低コストで新株取得の機会を得ることもできるが、株価が下落していて新株引受権を行使して新株を取得するコストが割高になるようであれば、投資者は新株引受権の行使を放棄せざるを得ないこともある。このように、ワラントの価格は、理論的には、株価から新株引受価額(権利行使価格)を差し引いた額によって決定される(ワラントの理論価格で、バリティという。)が、現実の市場では、将来における株価の上昇を期待して、右の額にプレミアム(株価上昇の期待値といえる。)が付加された価格で取引されている。

(二) したがって、ワラントの価格は、その銘柄の株価の上下に伴って上下し(外貨建てワラントの場合は、更に為替変動の影響が加わる。)、当該株価が権利行使価格を上回れば上昇し、下回れば下落するけれども、権利行使期間内では、市場において、将来株価が上昇するとの期待感がある限り、プレミアムが付いているため無価値になることはなく、権利行使期間が満了した時点で、当該株価が権利行使価格を下回っているとき、又は、右期間内においても当該株価が再び権利行使価格を上回ることがないことが確実になったとき、当該ワラントは無価値になる。

(三) そして、ワラントは、その銘柄の株価の上下によって株式の数倍の幅で価格が上下する傾向があることから(ギアリング効果)、少額の投資により株式売買の場合と同様の投資効果を挙げることも可能であるが、その反面として、値下がりも激しく、投資金額の全額を失うこともあり、しかも前示のとおり権利行使期間を経過すると、当該証券が紙くず同然になってしまう点で、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べて、ハイリスク・ハイリターンな特質を有する金融商品である。

3  本件ワラント取引の経緯

(一) 我国では、株価上昇の著しかった昭和六三年から平成元年にかけて、社債の利率を低く押さえつつ有利な資金調達のできる新株引受権付社債が大量に発行され、内外の証券市場に出回った。被告も、このような情勢に対応して、従業員教育用のパンフレットやビデオを作成して社員教育を実施するとともに、ワラントについて詳細な説明をした顧客用パンフレットも用意し、販売態勢を整えた。

(二) 被告東大阪支店でも、ワラントに関して、本社から、平成元年三月には従業員用パンフレットが、同年五月以後には、説明用ビデオ初級編、続いて中級編がそれぞれ配付され、同年一〇月には、これらを用いて社内研修が行われた。角田は、販売促進の担当課長として、研修にも参加し、ワラントの特質、取引の仕組み等その概略を理解することができた。

(三) 角田は、平成二年六月二五日、本社ワラント部から、第一製薬ドルワラント及び青木建設ドルワラントを販売するよう指示を受け、別紙取引一覧表No.25の株式売却を勧めて利益を挙げていた原告に対し、電話で、右各ワラントの買付を勧誘した。その際、角田は、原告に対し、ワラントについて、新株引受権が流通するもので、為替が絡んで単価の決め方が一定でないことのほか、後記(五)のとおり説明した。

右の勧誘に対して、原告は、いったんは資金がないなどと難色を示したが、角田は、同表No.27のアドバンテスト転換社債(額面六〇〇万円分)を売却して資金に充てれば一時は売却差損が出るが、いずれ購入したワラントを売却すれば利益が挙がるなどと投資効率を強調して更にその買付を説得した。そのため、原告はこれに応じ、同日、右転換社債のうち額面四〇〇万円分の売付を行い(同表No.27参照)、その売却代金の一部で本件(一)ワラント(同表No.29)の買付をした。しかし、右売却代金の残余については、投資信託の一種である建設・ニューセレクトファンドA(同表No.30)の買付にあて(〈書証番号略〉)、青木建設ドルワラントは購入しなかった。

(四) 角田は、電話による本件(一)ワラント売買の成立後、その当日に、原告方を訪問し、右電話で行ったと同程度の説明を繰り返し、日本証券業協会の作成した外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書(〈書証番号略〉。以下「説明書」という。)を交付するとともに、外国新株引受権証券の取引に関する確認書(〈書証番号略〉。以下「確認書」という。)に原告の署名押印を得た。右確認書には、被告から受領した説明書の内容を確認し、自己の判断と責任において外国新株引受権証券の取引を行う旨の記載があった。なお、右説明書には、ワラントのリスク及びワラント売買の仕組みについての説明が比較的分かりやすく記載されていたが、角田は、右説明書を用いることなく、単に口頭で説明したにとどまり、また社内において用意されていたワラントについての詳細なパンフレットも、少なくともこの時点では交付していなかった。

(五) 角田は、前記(二)の社内研修に参加した際、新商品であるワラントを販売するに当っては、顧客に対し、前記2認定のワラント取引の特質に加え、ワラント自体権利行使期間の経過により無価値になるハイリスク性についても説明するようにとの指導を受けていた。ところが、同人は、前記(三)及び(四)の原告に対する説明の際には、株式とは異なるとのニュアンスでハイリスクハイリターンという言葉そのものは用いたものの、その具体的な内容は述べず、権利行使期間についても、その定めがある点に言及しながら、その意味するところ、すなわち、右期間内に権利行使しないと全く無価値になってしまうことや当該ワラントの右期間が具体的にいつかということ等については全く触れなかった。同人としては、いずれ短期のうちに価格が上昇し、その時に売却を勧めれば足りるとの判断から、新株引受権を行使する事態を想定していなかった上、ハイリスク性殊に権利行使期間経過後のワラントの資産的価値を告げてしまうと資産形成志向の原告が購入しないのではないかとの危惧もあって、あえて説明しなかった。なお、ワラント価格が店頭の相対取引で形成され刻々変化しており、その情報が被告側で入手できる点についても触れず、実際、その後も、原告にその情報を定期的に流すようなことはしなかった。

(六) 角田は、平成二年六月二六日、原告に対し、電話で前日にも勧誘した青木建設ドルワラントの買付を再び勧め、原告はこれに応じて、残りのアドバンテスト転換社債(額面二〇〇万円分)を売却(別紙取引一覧表No.27)した代金を充当し、右ワラント(同表No.31)の買付を行った(〈書証番号略〉)。

右ワラントは、前記第二の一4記載のとおり、平成二年七月六日に売却され、利益を生じた。

(七) 角田が、平成二年七月一七日、原告に対し、電話で大京ドルワラントの買付を勧めたところ、右(四)記載のとおりワラント取引で利益が生じたこともあって、原告はこれに応じ、保護預かりとなっていた前記青木建設ドルワラントの売却代金を充てて右買付を行った(別紙取引一覧表No.32)。

(八) 第一製薬ドルワラント及び大京ドルワラントについては、被告から、原告に対し、預り証(〈書証番号略〉)、が交付された。右預り証には当該ワラントの権利行使期間の末日が記載されていたが、これらの交付はいずれも取引成立後に行われたにすぎなかった。

以上の認定に対して、原告は、角田が、絶対に儲かる旨の断定的判断の提供、値下がり損を弁償する旨の損失補填の約束、株式と変わらない旨の虚偽・誤認表示及び詐欺行為を行って勧誘したと主張し、原告本人の供述中にもこれに沿うかのような部分がある。

しかし、前記(三)認定のとおり、平成二年六月二五日当日、角田から二銘柄のワラント購入を勧められながら、この日はワラントについては第一製薬ワラントの一銘柄しか取引せず、しかも右ワラント購入代金捻出のために売却した転換社債の売却代金の残余を別の取引に用いているのであって、必ずしも角田の勧誘に完全に符合した取引がなされていないこと等に照らすと、断定的判断の提供や損失補填の約束があったとまでは考えがたい。加えて、原告自身、株式の相場の上下についての認識はあったこと、勧誘時に二、三か月すれば二倍も三倍にもなる旨のワラントのハイリターン性については角田から説明を受けたことは認めているのであるから、同人の従前の取引経験に照らしても、原告が、ワラントを株式と変わらないものと考えていたとまではいえず、虚偽・誤認表示及び詐欺行為があったとも考えられない。結局、原告の前記供述部分は採用することができない。

また、前記2(二)の説明書及び確認書について、原告の供述中には後日受領又は署名捺印したことを示唆する部分がある。しかし右供述自体あいまいであるうえ、確認書の日付についても原告が「平成二年六月二五日」と自署したことを認めているのであるから、右供述も採用できない。

二1  争点1(被告の責任の存否)について

(一) 一般に、証券取引は、本来リスクを伴うものであって、証券会社が投資者に提供する情報、助言等も、経済情勢や政治状況等の不確定な要素を含む将来の見通しに依拠せざるを得ないのが実情なのであるから、投資者自身において、右情報等を参考にして、自らの責任で、当該取引の危険性の有無、その程度、さらにはそれに耐えうる財産的基礎を有するか否かを判断して取引を行うべきものであって(自己責任の原則)、このことは、本件のようなワラント取引においても妥当するものといわなければならない。

しかしながら、証券会社が証券市場を取り巻く政治、経済情勢は勿論、証券発行会社の業績、財務状況等について高度の専門的知識、豊富な経験、情報等を有する一方で、多数の一般投資者が証券取引の専門家としての証券会社の推奨、助言等を信頼して証券市場に参入している状況の下においては、このような投資者の信頼が十分に保護されなければならないこともまた当然である。

そして、証券取引法五〇条一項一号および五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令(昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号)一条一号が、証券会社又はその役員若しくは使用人は、有価証券の売買その他の取引に関し、断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめる表示をしてはならないものと、また、協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則(公正慣習規則第九号)五条が、証券会社は証券取引にかかる契約を締結しようとするときは、当該顧客に対し、予め所定の説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分説明するとともに、取引開始にあたっては、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認を得るものと規定していることも、先に述べた観点から、投資者の保護を図ったものということができる。もっとも、これら法令、規則等は、公法上の取締法規又は営業準則としての性質を有するに過ぎないのであるから、証券会社の顧客に対する投資勧誘等が、これらの定めに違背したからといって、直ちに私法上も違法と評価されるものではないことはいうまでもない。

(二) 以上述べた証券取引の特質や法令等の趣旨からすると、証券会社又はその役員若しくは使用人は、投資者に対し、投資者が当該取引に伴う危険性について的確な認識形成を妨げるような虚偽の情報又は断定的情報等を提供してはならないことは勿論、投資者の職業、年齢、財産状態、投資目的、投資経験等に照らして、投資者の意思決定に重要な右危険性についての正当な認識を形成するに足りる情報を提供すべき注意義務を負うことがあるというべきであり、証券会社又はその役員若しくは使用人が、この義務に違背して投資勧誘に及んだときは、当該取引の危険性の程度その他当該取引がなされた具体的事情によっては、私法秩序全体から違法と評価されるべきものというべきである。

2  これを本件についてみるに、前示のとおり、原告は、本件ワラント取引当時、頻繁に取引を行うようになった昭和六二年から起算して約三年間の株式取引経験を有するとはいえ、家庭の主婦のかたわら食堂手伝いをしていたにすぎず、被告との取引により取得した証券以外格別の資産は有しないものであって、前記取引の内容としても比較的安定的と見られる投資信託や債券のほかは、せいぜい優良銘柄の株式の現物取引を行うにとどまり、信用取引を試みようとしたこともなく、その投資目的も、資産形成を主眼とし、その資産運用態度も、基本的には受動的な資産運用にとどまるものであって、短期決済により利益を生じた取引も単に被告従業員の教示に従った結果にすぎず、およそ自ら主体的に判断して積極的に証券投資を行っていた人物とは認め難いといわなければならない。

しかも、被告従業員である角田は、原告が、右のような個人的属性を有するものであり、特に前記一1(四)で認定したとおり、同人を信頼し、いわばいうがままに書面を作成し、交付した書面にも注意を払わないような顧客であること等を十分認識していたのであるから、新たな金融商品である本件ワラントの投資勧誘を行うに当っては、被告が主張するように、ワラントという商品がハイリスク・ハイリターンであり、権利行使期間の定めがあることを抽象的に告知するだけでは、その意思決定に重要な当該取引に伴う危険性について正当な認識を形成するに足りる情報を提供したとは到底いえず、ワラントの枢要な要素と目すべき権利行使期間の具体的な意味と内容、これに伴うハイリスク性について相応の情報を提供すべきであったというべきである。

ところが、前記一3で認定したとおり、角田は、本件(一)ワラント取引を勧誘するに当たり、電話で、単にワラントという商品がハイリスク・ハイリターンであり、権利行使期間の定めがあると抽象的に告げるにとどまり、ハイリスク性の具体的内容や、権利行使期間の経過に伴う危険性をあえて伝えることはなく、しかも、右取引成立後はじめて説明書等を交付し、必要書類を徴求したというのであり、また、本件(三)ワラント取引を勧誘するについても、右の危険性につき、説明していないことは勿論、説明書の該当箇所を指摘することさえもしなかったというのであるから、同人が前記義務に違背したものといわざるを得ず、これに原告の前記属性のほか、その資金調達につき投資効率を特に強調した点等を併わせ考えると、角田の原告に対する本件(一)(三)ワラント取引の各勧誘はいずれも私法秩序全体からみても違法なものであって、被告は、右投資勧誘に応じて証券会社と本件ワラント取引を行い後記損害を被った原告に対して、使用者としてその損害を賠償する責任を負うものというべきである。

三争点2(原告の損害等)について

1  本件(一)ワラントについては、権利行使期間の経過により、財産的価値は失われ、本件(三)ワラントについても、現時点においてほとんど財産的価値がない状態であることは被告においても認めるところであるから、右財産的価値が引受権行使最終日までに回復すると予測すべき証拠がない以上、やはり財産的価値のないものと推認しうる。

したがって、右各ワラントの代金合計額全額に相当する額を損害と評価するのが相当である。

2  被告は、本件(二)ワラントの売却によって得た利益を損害額から控除すべきである旨主張するが、損益相殺しうる場合に当たらないことはもとより、本件では個々の取引についての勧誘が問題とされている以上、「被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一原因によって利益を受ける場合」(最高裁昭和六三年(オ)第一七四九号平成五年三月二四日大法廷判決・民集四七巻三〇三九号)にも当たらず、右主張は採用することができない。

3 しかしながら、前記一3で認定したとおり、本件(三)ワラント取引時においては、原告は、既に外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書の交付を受けていて、同書面には、ワラントのリスク、特にワラントは期限付の商品であり、権利行使期間が終了したときに、その価値を失うという性格を持つ証券であることが明記されており、角田において、説明として不十分であったとはいえ、権利行使期間の定めがあること自体は告げていたというのであるから、右取引時では、原告において僅かの努力を払っていさえすれば、ワラントの特質とその危険性を相当程度認識しえたというべきである。ところが、前記一で認定したところによると、原告は、本件(二)ワラント取引によって極めて短期間のうちにかなりの差益をあげたことから、投資の対象とする新商品の仕組みについて何ら研究することなく、しかも、その危険性にも言及した取引関係書類にさえ何の注意を払うこともなく、被告従業員から勧誘されるまま、安易に右取引に応じたということができるから、原告にもその損害発生について少なからず落度があるというべきである。そして、原告の右落度のほか、勧誘行為の違法性の程度その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の本件(三)ワラント取引による損害額の三割五分を減ずるのが相当である。

4  したがって、原告は、本件(一)ワラントの代金相当額一九五万六八七五円と、本件(三)ワラントの代金相当額一七六万九三七五円から前記原告の過失を斟酌して三割五分を減じた一一五万〇〇九三円(一円未満切り捨て)との合計三一〇万六九六八円の損害を被ったものということができる。

また、原告が本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであるから、本件事案の内容、請求認容額等諸般の事情を斟酌すると、原告が被告に賠償として求め得る弁護士費用は本件(一)ワラント取引関係で二〇万円、本件(三)ワラント取引関係で一〇万円の合計三〇万円を相当と認める。

なお、付帯請求の起算日は、不法行為の場合その損害発生時というべきところ、前示のとおり、本件(一)ワラント取引については、その権利行使期間の経過により損害が発生したというのであるから、右期間の最終日の翌日である平成五年二月一九日と、また本件(三)ワラント取引については、口頭弁論終結時点には右ワラントが無価値となり損害が発生したというのであるから、右終結時点である平成五年九月二八日ということになる。

第四結論

以上によれば、原告の請求は右の限度で理由がある。

(裁判長裁判官佐々木茂美 裁判官瀬戸口壯夫 裁判官田中秀幸)

別紙取引一覧表〈省略〉

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